大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)123号 判決 1978年9月28日

原告 伊藤里栄子

被告 小石川税務署長

訴訟代理人 岩田栄一 外二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  請求の趣旨

1  被告が昭和四九年二月二八日付でした原告の昭和四七年七月九日相続開始にかかる相続税についての更正処分中課税価格三〇四九万七〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(いずれも昭和四九年七月二四日付異議決定及び昭和五一年五月二六日付裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外伊藤喜通が昭和四七年七月九日死亡し、右喜通の妻である原告及び訴外人五名が右喜通所有の財産を相続した。

2  そこで、原告は、その相続税について自己の分を次表申告欄記載のとおり申告したところ、被告から同表更正欄記載のとおり更正処分及び過少申告加算税賦課決定(以下一括して「本件課税処分」という。)を受けたので、これに対し異議申立及び審査請求をしたが、同表異議決定欄及び審査裁決欄記載のとおりそれぞれ一部取消しを受けたにとどまつた。

区分

年・月・日

課税価格

相続税額

過少申告加算税額

申告

四八・一・九

三〇四九万七〇〇〇

二一〇万二九〇〇

更正

四九・二・二八

三三〇六万五〇〇〇

三一七万三六〇〇

五万三五〇〇

異議申立

四九・四・二七

更正処分の取消し申立て

異議決定

四九・七・二四

三三〇二万五〇〇〇

三一七万二二〇〇

五万三四〇〇

審査請求

四九・八・二六

更正処分の取消し請求

審査裁決

五一・五・二五

三二八五万三〇〇〇

三〇八万三八〇〇

四万九〇〇〇

(単位円)

3  しかしながら、本件課税処分は、喜通の相続財産に含まれている有限会社殖産堂の出資の価額を過大に認定した違法があるから、請求の趣旨記載の限度で取り消されるべきである。

二  請求原因に対する認否

請求原因1及び同2の各事実は認めるが、同3の主張は争う。

三  被告の主張

1  原告は、相続人全員の取得した相続財産の価額を三三〇〇万三八一九円、課税価格を三二四八万七〇〇〇円として申告したが、次に述べる(一)ないし(五)の合計三六二万五九二〇円の脱漏があり、これを右相続財産の価額に加算すべきものであるから、正当な相続財産の価額は三六六二万九七三九円、課税価格は三六一一万円である。

(一) 株式会社殖産堂の株式の価額の評価誤謬  一四万一〇四〇円

(二) 東京電力株式会社の株式の申告漏れ   一〇〇万一〇九六円

(三) 巣鴨信用金庫の出資の申告漏れ           五万円

(四) 定期預金の申告漏れ            八万二三四四円

(五) 有限会社殖産堂の出資の価額の評価誤謬 二三五万一四四〇円

2  右のうち、争いのある有限会社殖産堂(以下「殖産堂」という。)の出資の価額の評価誤謬二三五万一四四〇円の算出根拠は、次のとおりである。

本件の相続財産のうちには、殖産堂の出資(以下「本件出資」という。)一八二〇口が含まれていたところ、原告は、これにについて一口当たり一〇〇〇円、総額一八二万円と評価して申告したが、その正当な価額は、一口当たり二二九二円、総額四一七万一四四〇円とすべきものである。

すなわち、本件出資の価額の評価は、本件相続開始時において殖産堂に現実に存在する総資産価額から同時期において確定している負債額を控除した純資産価額をもつて評価するいわゆる純資産価額方式によるべきであり、その一口当たりの価額は、右純資産価額を出資総数二五〇〇口で除した額であるが、殖産堂の本件相続開始時における右総資産価額は三二二二万一二八五円、負債額は二六四八万九一八〇円であつたから、これに基づいて右方式により本件出資の価額を計算すると、前記のとおりの額となる。したがつて、原告の申告額と右正当な価額との差額二三五万一四四〇円を本件出資の価額の評価誤謬と認めたものである。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1のうち、原告が相続人全員の取得した相続財産の価額を二三〇〇万三八一九円、課税価格を三二四八万七〇〇〇円として申告したこと、(一)ないし(四)の各項目の額を右相続財産の価額に加算すべきことは認めるが、(五)の本件出資の価額の評価誤謬があるとの点は争う。

2  同2の事実中、殖産堂の出資総数が二五〇〇口で、うち一八二〇口が本件相続財産に含まれていたこと、原告が右出資につき一口当たり一〇〇〇円、総額一八二万円と評価して申告したこと、右出資の価額の評価につき被告主張のいわゆる純資産価額方式によることが合理的であること、本件相続開始時における殖産堂の総資産価額が三二二二万一二八五円であつたことはいずれも認めるが、負債額が二六四八万九一八〇円しかなかつたこと、したがつて本件出資の正当な評価額が被告主張のとおりの額となることは争う。

3  右の負債額としては、被告の主張する二六四八万九一八〇円に次に述べる退職金相当額四五六万六三九五円を加算した三一〇五万五五七五円とすることが正当である。すなわち、殖産堂の就業規則二一条には、従業員が退職した際には退職金を支給すべきことが定められており、右就業規則によつて従業員に対し本件相続開始時に退職金を支給すると仮定すれば、その額は合計四五六万六三九五円となる。もつとも、本件相続開始の時点では支給事由たる従業員の退職が現実化していたわけではないが、従業員は将来必ず退職するものであつて、その退職金相当額は潜在的債務として時の経過とともに累積していく確実な債務であり、その金額も前記就業規則の定めにより正確に計算することができる。それゆえ、いまだ支給事由が生じていないとしても債務の発生が確実なのであるから、本件出資の価額の評価にあたつては、右退職金相当額を負債の額に算入すべきである。そもそも相続財産の評価については時価による(相続税法二二条)ものとされ、右の時価とは通常の交換価値を意味するところ、出資の売買にあたつて退職金相当額を考慮に入れないで取引価額を決定することは通常の経済人の行動として考えられないものである。

被告は、後記通達を引用して、殖産堂では退職給与引当金勘定を設定していなかつたから、右退職金相当額を負債の額に算入することはできないと主張するが、右通達は、被告の主張するところとは異なり、負債の額として算入することができる金額の範囲を定めたものにすぎない。また、かりに被告主張のとおりであるとしても、退職給与引当金勘定の設定に対する税務署長の承認は覊束行為であるところ、殖産堂は青色申告の承認を受け、前記のとおり、就業規則に退職金支給の定めがあるのであるから、右勘定の設定は申請しさえすれば必ず承認が受けられるはずのものであつた。したがつて、本件は、形式的には退職給与引当金勘定が設定されていない場合ではあるが、実質的にはこれが設定されている場合と何ら差異はなく、退職金相当額を負債の額に算入すべきである。

以上のとおりであるから、本件出資一口当たりの価額は、総資産価額三二二二万一二八五円から前記負債額三一〇五万五五七五円を控除した一一六万五七一〇円を基礎とし、これを出資総数二五〇〇口で除した四六六円となり、本件出資一八二〇口の合計額は五二万六五八〇円とすべきものである。

五  被告の反論

本件出資の価額を評価する際の負債額は、前記のとおり本件相続開始時において確定しているもののみに限られるのであつて、原告の主張する退職金相当額は、いまだその支給事由たる従業員の退職が実現していないのであるから、これを負債とみることはできない。ただ、右のような将来の退職金であつても、法人税法五五条二項に規定する退職給与引当金勘定が設定されている場合に限り、右引当金勘定の金額に相当する金額を負債の額に算入することができることとされているが(相続税財産評価通達一八八(五))、殖産堂は、本件相続開始時において右引当金勘定を設定していなかつたのであるから、その適用を受ける余地もない。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがなく、また、本件相続財産の価額として被告の主張1(一)ないし(四)の各項目の額を原告の申告額三三〇〇万三八一九円に加算すべきであることも、当事者間に争いがない。そこで、同(五)の本件出資の価額の評価誤謬の点について検討する。

二  本件出資の総数が二五〇〇口であり、うち一八二〇口が本件相続財産に含まれていたこと、右出資の価額を評価するについては本件相続開始時における殖産堂の総資産価額から負債額を控除した純資産価額を基礎とするいわゆる純資産価額方式によることが合理的であること、殖産堂の右総資産価額が三二二二万一二八五円であつたことは、いずれも当事者間に争いがなく、争点は、原告の主張する退職金相当額四五六万六三九五円を右総資産価額から控除すべき殖産堂の負債とみることができるか否かの一点にある。そこで、これについて判断する。

三  相続税における相続財産の価額は取得時における時価により評価すべきものである(相続税法二二条)が、相続財産として取引相場のない株式又は出資を取得した場合のその時価の評価は、当該法人等の清算を前提としてではなく、事業活動が継続していくことを前提としてするものであるから、前記のいわゆる純資産価額方式によるにあたつては、相続開始時において現実に当該法人に帰属していると認められる経済的価値のみを純資産として評価の基礎とすべきことは当然である。したがつて、右方式にいう総資産のうちには、将来の得べかりし不確定な債権などのように、相続開始時に当該法人等が具体的な経済価値を現実に把握しているとはいいがたいものを含まないというべきであると同時に、右総資産から控除すべき負債も、相続開始時に現実に一定額の消極的経済価値をもつ具体的な債務として存在するもののみをいい、その時点では将来の債務負担の基礎となるべき法律関係が成立しているだけで、その具体的な負担の時期や金額等を確定するに由ないようなものを含まないというべきである。

本件についてみるに、原告の主張する退職金相当額の債務なるものは、その主張自体から明らかなとおり、殖産堂が本件相続開始時にその従業員に対し退職金を支給すると仮定した場合のものであつて、現実にその具体的支給義務が発生しているわけではなく、その発生時期や発生金額等は本件相続開始時においては全く不確定であるというほかはない。したがつて、これが前述した意味の一定額の消極的経済価値をもつ具体的な債務であるとはとうていいえないから、これを本件相続開始時における殖産堂の負債とみることはできない。

もつとも、相続税財産評価通達によれば、当該法人が法人税法五五条二項に規定する退職給与引当金勘定を設定している場合には、右引当金勘定の金額に相当する金額を負債の額に算入して評価するものとされているが、これは政策的な理由による例外的な取扱とみるべきものであるから、殖産堂が右退職給与引当金勘定を設定していなかつたことに争いがない本件の場合にまで、これを拡張適用すべきであるということはできない。この点についての原告の主張も失当である。

四  そうすると、本件出資一口の価額は、前記総資産価額三二二二万一二八五円から右退職金相当額を含まない負債額二六四八万九一八〇円を控除した五七三万二一〇五円を基礎として、これを出資総数二五〇〇口で除した二二九二円となり、本件相続財産に含まれている出資一八二〇口の合計額は四一七万一四四〇円となる。それゆえ、当事者間に争いのない原告の申告額一八二万円との差額二三五万一四四〇円は、相続財産の価額に加算されるべきである。

結局、本件相続財産の価額は、原告の申告額三三〇〇万三八一九円に被告の主張1(一)ないし(五)の各項目の合計額三六二万五九二〇円を加算した三六六二万九七三九円となり、本件課税処分がその範囲内で行われていることは明らかである。

五  以上の次第であるから、本件課税処分に原告主張の違法はない。

よつて、原告の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤繁 中根勝士 菊池洋一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例